Health Economics and Outcomes Research(HEOR)とは
HEORとは、文字通り医療経済学(Health Economics)とアウトカム研究(Outcomes Research)の領域を統合した学問分野です。日本では、2016年の日本製薬工業協会のレポート『医薬品の価値の科学的な評価-データサイエンス担当者のための費用対効果評価の現状と手法の解説-』1日本製薬工業協会データサイエンス部会2014年タスクフォース3、医薬品の価値の科学的な評価-データサイエンス担当者のための費用対効果評価の現状と手法の解説-Ver2.0、2016年、https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/lofurc0000007rux-att/2014ds_tf3.pdf、2024年10月9日で、費用対効果評価に関する分析をおこなう機能、と説明されていたように、費用対効果を評価する分野であると狭く理解されることもあります。これは、同年に試行的に導入された費用対効果評価の導入をきっかけに、HEORへの注目が高まったためと考えられます。しかし、前述の通りHEORは医療介入の効果を臨床と経済の両面から測定するという医療経済学と、医療介入が患者に与える影響(アウトカム)を評価する研究を統合したものです。すでに海外では、HEORは費用対効果評価に限らず、医薬技術が社会に及ぼす価値に関する情報収集、エビデンス構築まで幅広くカバーする分野に成長しており、2024年現在では日本でもほぼ同様に捉えられています。
HEORの目的
21世紀の医療環境は、従来の低分子医薬品だけではなく、抗体医薬・核酸医薬のような高分子医薬品、mRNA治療薬、遺伝子治療、細胞治療など多様化しています。この多様化を受けて、医薬品の創薬基盤技術の方法・手段の分類を表すモダリティという用語が使用されるようになっています2医薬産業政策研究所、新薬における創薬モダリティのトレンド、2021年、https://www.jpma.or.jp/opir/news/064/06.html、2024年10月9日。未だに低分子医薬品が医薬品医療機器総合機構(PMDA)や米国食品医薬品局(FDA)の承認品目において主要なモダリティであることは変わりませんが、新規モダリティの医薬品は高額であるため、医療財政に大きなインパクトを持つようになっています。
HEORは政府を始めとする保険者、医師、患者などが、バイオ医薬品、医療機器、遺伝子治療などの多様な治療オプションを臨床的、経済的側面から適切に比較するためのエビデンスを提供します。その中の一分野として、費用対効果評価を始めとする医療技術評価(HTA:Health Technology Assessment)があります。
HTAとは
HTAでは医薬品の臨床的効果が費用に見合うものであるかが評価されますが、広く使われている指標の一つに増分費用効果比(ICER:Incremental cost-effectiveness ratio)があります。ICERは、ある医療技術を別の医療技術と比べたときの追加の費用の、追加の効果に対する比として定義されます。単一の指標で表現できるため意思決定に使いやすいというメリットがあり、実際に保険償還の是非や償還価格の調整などの意思決定に使われています。詳細は、「日本における医療技術評価(HTA: Health Technology Assessment)とその課題」の項を参照してください。
一方で、遺伝子治療など1回の治療で効果を創出するいわゆる“Single and Short Term Therapy (SST)”と呼ばれる新規モダリティが登場するなか、「費用」と「効果」をどのように定義するか、長期的な不確実性をどのように評価するか、など未だに研究が続けられている分野でもあります3ICER, Adapted Value Assessment Methods for High-Impact “Single and Short-Term Therapies” (SSTs), 2022年,
https://icer.org/wp-content/uploads/2022/12/ICER_SST_FinalAdaptations_122122.pdf, 2024年10月9日。さらに、高額な医療技術による医療の公平性、経済合理性だけでは開発が進みづらい希少疾患など、既存のHTAの枠組みを拡張する多様な価値についていくつかの提案がなされています。最も有名なものが、International Society for Pharmacoeconomics and Outcomes Research (ISPOR)によるValue Flowerです4Lakdawalla, Darius N. et al. Defining Elements of Value in Health Care—A Health Economics Approach: An ISPOR Special Task Force Report [3]. Value in Health. 2018;21(2):131-139.。
- 1日本製薬工業協会データサイエンス部会2014年タスクフォース3、医薬品の価値の科学的な評価-データサイエンス担当者のための費用対効果評価の現状と手法の解説-Ver2.0、2016年、https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/lofurc0000007rux-att/2014ds_tf3.pdf、2024年10月9日
- 2医薬産業政策研究所、新薬における創薬モダリティのトレンド、2021年、https://www.jpma.or.jp/opir/news/064/06.html、2024年10月9日
- 3ICER, Adapted Value Assessment Methods for High-Impact “Single and Short-Term Therapies” (SSTs), 2022年,
https://icer.org/wp-content/uploads/2022/12/ICER_SST_FinalAdaptations_122122.pdf, 2024年10月9日 - 4Lakdawalla, Darius N. et al. Defining Elements of Value in Health Care—A Health Economics Approach: An ISPOR Special Task Force Report [3]. Value in Health. 2018;21(2):131-139.
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