医療技術の価値評価のための費用効果分析の考え方

費用として考慮するもの

費用として、何を組み入れるかは「分析の立場」により異なります。

日本のHTA対応のための費用効果分析では、C2Hのガイドライン1国立保健医療科学院 保健医療経済評価研究センター(C2H)、中央社会保険医療協議会における費用対効果評価の分析ガイドライン2024年度版、国立保健医療科学院 保健医療経済評価研究センターホームページ、2024年、https://c2h.niph.go.jp/tools/guideline/guideline_ja_2024.pdf、2025年6月4日に沿って、公的医療費のみを対象とした「公的医療の立場」での実施を基本とします。加えて、同ガイドラインでは介護費用について、「公的介護費へ与える影響が、評価対象技術にとって重要である場合には、『公的医療・介護の立場』の分析をおこなってもよい。」とされており、医療技術によって患者の病態が改善することに伴う患者自身の公的介護費の減少や、生産性損失の改善を加えた追加的分析も実施することができます。しかし、介護データベースの使用実績が少ない、データ蓄積期間が短い、といったエビデンス不足2中央社会保険医療協議会、薬価専門部会・費用対効果評価専門部会 合同部会(第1回)議事次第、厚生労働省ホームページ、2023年、https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000211220_00017.html、2025年6月5日から、中央社会保険医療協議会では、介護費用の分析結果が得られた場合には、引き続き議論することとされています3中央社会保険医療協議会、費用対効果評価専門部会(第68回)議事次第、厚生労働省ホームページ、2024年、https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000182080_00021.html 、2025年6月5日
。さらに、生産性損失は原則として治療に伴う入院期間の短縮など医療技術に直接起因するものに限られています。

その一方で、医療技術によっては、介護者が支払う介護費の削減や患者の家族の生産性損失の改善が期待できる場合もあります。「社会の立場」による費用効果分析では、公的医療費だけでなく疾患によって社会が被る、より広範な費用を考慮した分析を実施することで、医療技術の「社会的な価値」を評価することができます。こうした広範な費用を含めた費用対効果を実施・評価した事例には、以下のような報告があります。

  1. 早期アルツハイマー型認知症におけるレカネマブ4Igarashi A, Azuma MK, Zhang Q, et al. Predicting the Societal Value of Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease in Japan: A Patient-Level Simulation. Neurol Ther. 2023;12(4):1133-1157.

早期アルツハイマー型認知症におけるレカネマブの費用効果分析では、公的介護を含めた分析が実施されました。レカネマブと標準治療の併用により、標準治療のみの場合にくらべ、認知症の進行を遅らせることで施設や在宅での介護コストの削減につながるとされ、医療だけでない、社会的な価値について報告されています。

  1. 新生血管を伴う加齢黄斑変性症におけるラニビズマブバイオシミラー5Yanagi Y, Takahashi K, Iida T, et al. Cost-Effectiveness Analysis of Ranibizumab Biosimilar for Neovascular Age-Related Macular Degeneration in Japan. Ophthalmol Ther. 2023;12(4):2005-2021.

ラニビズマブバイオシミラーの費用効果分析では、間接費用として医療機関への患者の同伴にかかる費用と日常の介護に伴う介護者の生産性損失を含めた分析がおこなわれました。医療機関への患者の同伴にかかる費用は、視力障がいの程度ごとに医療機関の訪問頻度、日本の労働者の平均日給、平均交通費から推計され、日常の介護に伴う生産性損失は、介護者の欠勤日数と平均日給から算出されました。加齢黄斑変性症による高齢者の視力障がいが、介護者の生産性損失を通して大きな社会的負担を及ぼしている可能性があり、ラニビズマブバイオシミラーはその社会的負担を削減することによる優位性を示唆しました。

  • 1
    国立保健医療科学院 保健医療経済評価研究センター(C2H)、中央社会保険医療協議会における費用対効果評価の分析ガイドライン2024年度版、国立保健医療科学院 保健医療経済評価研究センターホームページ、2024年、https://c2h.niph.go.jp/tools/guideline/guideline_ja_2024.pdf、2025年6月4日
  • 2
    中央社会保険医療協議会、薬価専門部会・費用対効果評価専門部会 合同部会(第1回)議事次第、厚生労働省ホームページ、2023年、https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000211220_00017.html、2025年6月5日
  • 3
    中央社会保険医療協議会、費用対効果評価専門部会(第68回)議事次第、厚生労働省ホームページ、2024年、https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000182080_00021.html 、2025年6月5日
  • 4
    Igarashi A, Azuma MK, Zhang Q, et al. Predicting the Societal Value of Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease in Japan: A Patient-Level Simulation. Neurol Ther. 2023;12(4):1133-1157.
  • 5
    Yanagi Y, Takahashi K, Iida T, et al. Cost-Effectiveness Analysis of Ranibizumab Biosimilar for Neovascular Age-Related Macular Degeneration in Japan. Ophthalmol Ther. 2023;12(4):2005-2021.