ガイドラインに関する知識

診療ガイドラインの改訂

次に、診療ガイドラインの改訂とUMNの関わりについて紹介します。UMNの把握は単に未充足な治療ニーズを特定するだけでなく、それらを解消するための具体的なエビデンス創出と診療ガイドライン改訂への応用が期待されます。診療ガイドラインは、医療の現場で適切な意思決定を支援するために、最新のエビデンスと臨床のニーズに基づいて定期的に改訂されます。例えば、新たな治療法の必要性や、既存の治療法の効果が限定的であるといった臨床現場の声は、診療ガイドラインのCQの見直しに直接影響を与えます。

例として糖尿病の治療においてSGLT2阻害薬が心血管イベントリスクを有意に低下させるというエビデンスが示されたことによりガイドラインが改訂されたケースがあります。従来、糖尿病患者の脳・心血管イベント発症リスクは高いことが知られており、Steno-2研究により血糖値、血圧、脂質を包括的に管理する重要性が示されていました1Peter Gæde, et al. Effect of a Multifactorial Intervention on Mortality in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2008;358:580-591.。一方でこれらの検査値すべてが目標値まで管理されている患者は20.8%との報告があり2Yokoyama H, et al. Large-scale survey of rates of achieving targets for blood glucose, blood pressure, and lipids and prevalence of complications in type 2 diabetes (JDDM 40).  BMJ Open Diabetes Res Care. 2016;4:e000294.、糖尿病患者のリスク管理はUMNとして存在していました。SGLT2阻害薬を用いた臨床試験として心血管疾患既往を含むハイリスクの2型糖尿病患者に対し二次予防効果を検証したEMPA‑REG OUTCOME試験3Zinman B, et al. Empagliflozin, Cardiovascular Outcomes, and Mortality in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2015;373:2117‑2128.及び、一次予防症例が約3割含まれたCANVAS試験4Neal B, et al. Canagliflozin and Cardiovascular and Renal Events in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2017;377:2099.において、標準治療群に比較してSGLT2阻害薬投与群では主要心血管イベント(MACE : Major Adverse Cardiovascular Events) が14%有意に減少したことが示されています。また、日本人の疫学データの解析ではSGLT2 阻害薬の薬剤間では心不全など循環器疾患の発症率は同等であり、SGLT2阻害薬の心血管イベントリスク効果はクラスエフェクトであることが示唆されました。これらの結果、最新の糖尿病診療ガイドライン2024では大血管症の二次予防にSGLT2 阻害薬が推奨されています(推奨グレードA:強い推奨、合意率100%)5一般社団法人 日本糖尿病学会、糖尿病診療ガイドライン2024第12章 糖尿病性大血管症、一般社団法人 日本糖尿病学会ホームページ、2024年、https://www.jds.or.jp/modules/publication/index.php?content_id=4、2024年12月10日

製薬企業における診療ガイドラインの重要性

製薬企業にとって診療ガイドラインは、自社の医薬品の診断・治療フローの中での立ち位置やそのエビデンスレベル、対象患者の規模などを把握するための信頼性の高い情報源です。中でもMA部門においてはそのエビデンスをもとにUMNを把握し、顧客とディスカッションを行う上でなくてはならない存在と言えます。その一方で、診療ガイドラインでは診断・治療フローが明確に書き表されていない場合があります。そのような場合には、アドバイザリーボードなどを通した医療従事者への聞き取りによって情報を補完し、臨床現場における診断・治療フローを明確にすることが重要です。診断・治療フローを明確化して理解することがUMNの把握につながります。

製薬企業のMA部門が収集するUMNは重要な役割を果たしています。日本国内の診療ガイドラインでは、CQ設定時に多くの医療従事者や関連学会からの意見が取り入れられますが、MA部門が提供するUMN情報もその基盤を支える重要な要素となっています。

さらに、MA部門が収集・解析したリアルワールドデータやエビデンス創出の成果も、診療ガイドラインの改訂を支援する重要な要因です。製薬企業が支援する臨床研究の結果が、直接的なエビデンスとして診療ガイドラインの推奨を強化するために活用されることがあります。これにより、治療法の適応拡大や新たな治療オプションにつながる可能性があります。診療ガイドラインの改訂は、医療の進展とともに行われる動的なプロセスであり、MA部門はその一翼を担っています。医療の質向上と患者ベネフィットの最大化を目指し、MA部門が収集するUMNやエビデンスは、診療ガイドライン改訂のための貴重な情報としてますます重要な役割を果たしていると言えます。

  • 1
    Peter Gæde, et al. Effect of a Multifactorial Intervention on Mortality in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2008;358:580-591.
  • 2
    Yokoyama H, et al. Large-scale survey of rates of achieving targets for blood glucose, blood pressure, and lipids and prevalence of complications in type 2 diabetes (JDDM 40).  BMJ Open Diabetes Res Care. 2016;4:e000294.
  • 3
    Zinman B, et al. Empagliflozin, Cardiovascular Outcomes, and Mortality in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2015;373:2117‑2128.
  • 4
    Neal B, et al. Canagliflozin and Cardiovascular and Renal Events in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2017;377:2099.
  • 5
    一般社団法人 日本糖尿病学会、糖尿病診療ガイドライン2024第12章 糖尿病性大血管症、一般社団法人 日本糖尿病学会ホームページ、2024年、https://www.jds.or.jp/modules/publication/index.php?content_id=4、2024年12月10日