観察研究でランダム化試験を模倣するということ①

東京大学大学院情報学環 准教授 篠崎 智大

はじめに

第1回第2回では、研究デザインを、介入の有無や前向き・後ろ向きといった形式的な分類だけではなく、同じ因果的な問いに答えるための異なるデータ収集の方法として整理しました。第3回第4回第5回では、そのうちケースコントロール研究とマッチングが、それらの背後にある(または背後にあると想定される)コホート研究で得られる結果を効率的に実現するためのサンプリングデザインであることを見ました。
ここで目標となっているコホート研究もまた、想定するランダム化試験の結果を再現しようとする側面を持つことを主張するのがこの第6回のテーマです。

本稿では、リアルワールドデータ(RWD: Real World Data)研究で近年見かけることの増えてきた標的試験エミュレーション(TTE: Target Trial Emulation)を取り上げます1深澤 俊貴、篠崎 智大、標的試験エミュレーション:観察研究における因果推論を強化するためのフレームワーク、2025、薬剤疫学、30巻2号、p. 53-73には、標的試験エミュレーションの概念的基盤の整理とともに、実装において考慮すべき事項が全般的にまとめられています。
これは、観察研究であっても「本来はどのような臨床試験をやりたかったのか」を明示し、その「試験」を疑似的に再現または模倣(emulate)するようにデータを扱う枠組み(フレームワーク)です。特定の解析テクニックや研究デザインを指すわけではありません。TTEというと、追跡開始時点を表す「time 0」を中心とした時点の扱い方や、「逐次試験アプローチ」「3ステップ法」などの特定の解析・実装手順が着目されがちですが、これらを実施すればTTEになるわけでもなければ、TTEだからこれらを要するわけでもありません。
本稿では、こうした技術的な説明は最小限に留め2深澤 俊貴、篠崎 智大、標的試験エミュレーションによる不死時間への対処:逐次試験エミュレーションとClone-Censor-Weight法、薬剤疫学、2026、早期公開には、「time 0」を基準とした時点同期の必要性と、「逐次試験アプローチ」「3ステップ法」を中心とした実装手順の詳細な説明、薬剤疫学での既存デザインとの対比があります。、TTEでもたらされる以下の2つの意義を強調します。

  1. 専門性を必ずしも共有しない研究者どうし(臨床家、疫学者、生物統計学者など)が統計解析上のテクニカルタームに頼らずとも、臨床試験の用語によって、因果的な研究目的とデータの扱い方を同じ目線で議論できること。
  2. 思わぬ解析上のバイアス(特に後述する時間関連バイアス)を自然に避けつつ、データの限界(調整できない交絡や不十分なデータ測定など)を明確にした結果の提示と解釈が可能となること。

標的試験エミュレーションはどこから来たか

論文として「標的試験エミュレーション」という用語が登場したのは2016年ですが3Hernán MA, Robins JM. Using big data to emulate a target trial when a randomized trial is not available. Am J Epidemiol. 2016;183(8):758-64. doi: 10.1093/aje/kwv254.、実質的に同じ枠組みが提示されたのはさらに遡ります。その嚆矢が、閉経後女性に対するホルモン補充療法(HRT: Hormone Replacement Therapy)と冠動脈疾患(CHD: Coronary Heart Disease)リスクの研究です4Hernán MA, Alonso A, Logan R, Grodstein F, Michels KB, Willett WC, Manson JE, Robins JM. Observational studies analyzed like randomized experiments: an application to postmenopausal hormone therapy and coronary heart disease. Epidemiology. 2008;19(6):766-79. doi: 10.1097/EDE.0b013e3181875e61.
1990年代には複数の観察研究からHRTのCHD予防効果が示唆されていましたが、2002年に発表されたWomen’s Health Initiative(WHI)内のランダム化試験では全く逆の結果が得られ、HRTによるリスク上昇のために本試験パートが早期中止となりました。一方、同じWHI内のコホート研究(観察研究)パート5WHIは複雑な研究デザインを採っており、同一研究内でランダム化試験(ランダム割り付けに同意した約68,000人)とコホート研究(それ以外の適格対象者約94,000人)が同時に実施されました。ランダム化試験の方はHRT、低脂肪介入、ビタミンDサプリのそれぞれ、または2つないし3つの組み合わせを含む要因実験デザイン(factorial design)の変法となっており、ランダム化試験全体の約4割がHRTのランダム割り付け対象となりました。では従来の観察研究と同様に予防方向の結果が得られ、同一研究内でもランダム化の有無というデザインの違いにより結果が食い違うということになりました。

これらの結果について「やはりランダム化しないと因果関係はわからない」と言って終わりであれば話は簡単なのですが、実際にはそれほど単純ではありません。HRTの「タイミング仮説」(閉経後の治療開始タイミングによる効果の異質性)やランダム化試験での対象集団の大きな偏り(当時は既にHRTが広く使われており、効果を実感している既使用者の大半は観察研究に流れた6ここでは既使用者と非使用者の違いが、研究対象集団(各研究の標的集団)の違いを生み出すことで、結果の移送(transport)や一般化(generalize)が阻害されることを説明しています。一方で、既使用者と非使用者を同一研究内で比較することによるバイアスはprevalent-user bias(既使用者バイアス)と呼ばれ、観察研究でやはり問題視されます。後述するMiguel HernánらのNHSデータ再解析ではこのバイアスを除くため、またWHIのランダム化試験パートに寄せるためにHRT未使用者に限定して解析を行っています。)によって、WHIでは本来HRTを利用しないような女性を対象にランダム化試験が実施されていたのです。

このような背景の下、2008年にMiguel Hernánらは別の観察研究データ(NHS: Nurses’ Health Study)を、WHIのランダム化対象集団と試験デザインを真似て(emulate)再解析しました7Hernán MA, Alonso A, Logan R, Grodstein F, Michels KB, Willett WC, Manson JE, Robins JM. Observational studies analyzed like randomized experiments: an application to postmenopausal hormone therapy and coronary heart disease. Epidemiology. 2008;19(6):766-79. doi: 10.1097/EDE.0b013e3181875e61.。その結果、観察研究(NHS)からランダム化試験(WHI)とほぼ同様の結果が再現されました。
ここからの教訓は、ランダム化試験も観察研究も同じ因果推論の枠組みの中に位置づけることができること、結果の違いはランダム化の有無という研究デザインの一部の差異だけに帰するのでは不十分な場合があることです。そしてこれから説明するように、観察研究ではランダム化試験の原則を守らないような解析デザインを採ることで(交絡や誤分類など)データ由来のバイアスとは別に、原理原則を欠いたデザイン由来のバイアスが生じうることも重要な教訓です。

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    深澤 俊貴、篠崎 智大、標的試験エミュレーション:観察研究における因果推論を強化するためのフレームワーク、2025、薬剤疫学、30巻2号、p. 53-73には、標的試験エミュレーションの概念的基盤の整理とともに、実装において考慮すべき事項が全般的にまとめられています。
  • 2
    深澤 俊貴、篠崎 智大、標的試験エミュレーションによる不死時間への対処:逐次試験エミュレーションとClone-Censor-Weight法、薬剤疫学、2026、早期公開には、「time 0」を基準とした時点同期の必要性と、「逐次試験アプローチ」「3ステップ法」を中心とした実装手順の詳細な説明、薬剤疫学での既存デザインとの対比があります。
  • 3
    Hernán MA, Robins JM. Using big data to emulate a target trial when a randomized trial is not available. Am J Epidemiol. 2016;183(8):758-64. doi: 10.1093/aje/kwv254.
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    Hernán MA, Alonso A, Logan R, Grodstein F, Michels KB, Willett WC, Manson JE, Robins JM. Observational studies analyzed like randomized experiments: an application to postmenopausal hormone therapy and coronary heart disease. Epidemiology. 2008;19(6):766-79. doi: 10.1097/EDE.0b013e3181875e61.
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    WHIは複雑な研究デザインを採っており、同一研究内でランダム化試験(ランダム割り付けに同意した約68,000人)とコホート研究(それ以外の適格対象者約94,000人)が同時に実施されました。ランダム化試験の方はHRT、低脂肪介入、ビタミンDサプリのそれぞれ、または2つないし3つの組み合わせを含む要因実験デザイン(factorial design)の変法となっており、ランダム化試験全体の約4割がHRTのランダム割り付け対象となりました。
  • 6
    ここでは既使用者と非使用者の違いが、研究対象集団(各研究の標的集団)の違いを生み出すことで、結果の移送(transport)や一般化(generalize)が阻害されることを説明しています。一方で、既使用者と非使用者を同一研究内で比較することによるバイアスはprevalent-user bias(既使用者バイアス)と呼ばれ、観察研究でやはり問題視されます。後述するMiguel HernánらのNHSデータ再解析ではこのバイアスを除くため、またWHIのランダム化試験パートに寄せるためにHRT未使用者に限定して解析を行っています。
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    Hernán MA, Alonso A, Logan R, Grodstein F, Michels KB, Willett WC, Manson JE, Robins JM. Observational studies analyzed like randomized experiments: an application to postmenopausal hormone therapy and coronary heart disease. Epidemiology. 2008;19(6):766-79. doi: 10.1097/EDE.0b013e3181875e61.