観察研究でランダム化試験を模倣するということ②

東京大学大学院情報学環 准教授 篠崎 智大

time 0設定が悩ましい場面2:追跡開始時に治療群の割り付け先が決まらない

2つめの状況は、追跡開始時点で治療戦略の割り付け(プロトコル項目3)先が定義できない場合です。例えば「入院後3日以内に薬を投与する戦略」vs. 「入院後3日間は薬を投与しない戦略」を比べたいとします。このとき、データベース上のある患者さんをどちらのグループに含めるべきかは入院後すぐの段階では決められず、少なくとも3日間にわたる薬の投与状況を参照する必要があるように思われます。しかし、データ上で実際に「入院後3日以内に投与されたグループ」と「3日以内には投与されなかったグループ」に分けて単純に2群比較してしまっては絶対にいけません。なぜなら、「投与したグループ」は少なくとも投与時点まではイベントなく生存している必要があるため、イベントを生じ得ないimmortal time が構造的に入り込むためです1深澤 俊貴、篠崎 智大、標的試験エミュレーションによる不死時間への対処:逐次試験エミュレーションとClone-Censor-Weight法、薬剤疫学、2026、早期公開
には、「time 0」を基準とした時点同期の必要性と、「逐次試験アプローチ」「3ステップ法」を中心とした実装手順の詳細な説明、薬剤疫学での既存デザインとの対比があります。
。このようなことが起こるのは、そもそも群の分け方がランダム化試験の割り付け方と対応していないためです。

このような「追跡開始後の介入」を含んで定義される治療戦略を比較したい場合には、標的試験に合わせてデータを扱い直す必要があります。上で述べた、ランダム化試験の「3時点同期(time 0設定)」の原則を思い出していただくと、標的試験では治療戦略がどんなものであれ、治療戦略への割り付けは適格判定とほぼ同時に行われ、割り付け時点で追跡が始まってアウトカムイベントがカウントされ始めます。重要なのは、治療戦略に含まれる介入内容をやりきる前にアウトカムイベントを起こしても、割り付けられたグループのイベントとしてカウントされるということです。例えば上の例では、「入院後3日以内に薬を投与する戦略」に割り付けられた人が、割り付け2日後に薬を非投与のままイベントを起こしても、割り付けられた戦略とは矛盾せず、「プロトコル規定の治療戦略中のアウトカム」として比較に用いるべきだということです。

このランダム化試験のデータの扱いを観察研究でエミュレートする簡便法として「発明」されたのが、3-step法または “Clone-Censor-Weight” 法と呼ばれる手法です。

【ステップ1】 比較の候補となる治療戦略の数だけデータを複製(cloning)します(単にデータセットをコピーして別に保存するだけ)。

【ステップ2】 コピーしたデータセットそれぞれで治療戦略を1つずつ進めていきます。このとき、対象者ごとに適格判定時点から追跡を始め、各治療戦略から逸脱した時点で人工的に追跡を打ち切り(censoring)、打ち切られていない追跡期間内のイベントを治療戦略ごとにカウントしていきます。

ステップ2の「打ち切り」は、追跡後の治療をしたりしなかったりすることによって「治療戦略からの逸脱」となります。アウトカムのリスク因子が追跡中の治療確率と関連していると(観察研究では常でしょう)、この「打ち切り」はランダムでなく、選択バイアスを引き起こします。そこで…

【ステップ3】 追跡開始時点および追跡中のアウトカムリスク因子を交絡変数として用い、対象者ごとに追跡後の治療確率を推定し、各個人が各治療戦略に対して「打ち切られない確率」に変換します。この「打ち切られない確率」の逆数で重み付ける(weighting)ことで、ステップ2で人工的に引き起こした選択バイアスを調整します(IPCW: inverse probability of censoring weighting 法といいます)。

もちろん、これらの3-step法や逐次試験アプローチが、因果効果をバイアスなく推定できることを保証したり、データの信頼性を回復したりするわけではありません。あくまで「データの扱い方」を標的試験に整合させるような手順に落とし込む解析デザインとしての手順であり、観察研究特有の問題(交絡やベースライン後の時間依存性交絡、測定誤差・誤分類、治療内容の異質性による比較の曖昧さなど)は依然として残ります。特に重要なのは、標的試験エミュレーションで「ランダム化そのもの」が再現されるわけではないことです。観察研究の交絡調整の成否は、「それらの組み合わせで作ったサブグループ内では交換可能性(連載第1回)が成り立つと仮定できる変数セット」で層別・調整できるかどうかにかかっています。
これを言い換えると、「この観察研究は、サブグループごとに割り付け確率の異なる層別ランダム化と見なせる」と仮定することにほかならないので、標的試験エミュレーションでは、交換可能性という仮定にもとづく交絡調整のことを「ランダム化のエミュレート」と呼んでいます。標的試験エミュレーションの枠組み自体が交換可能性を回復するわけでも「ランダム化のエミュレート」を保証するわけでもありません2これは一時期(今でも?)喧伝された「傾向スコアマッチングによって疑似ランダム化ができる」という表現の問題と同様で、解析で前提としている仮定を現実に成り立つ法則と取り違えてしまう物象化(reification)の一種だと言えるでしょう。疑似的にランダム化されていると見なせるためには、あくまでその変数で作ったサブグループ内では交換可能性が成り立つと仮定できる変数を使えていること、言い換えれば「この観察研究は、サブグループごとに割り付け確率の異なる層別ランダム化をしていると見なせる」という仮定が必要です。「傾向スコアによる疑似ランダム化」と言うことは、論理的にはこの仮定の言い換えに過ぎないのですが、それが傾向スコアで自動的に成り立つ、または成り立ちやすくなるという語感を含む冒頭の表現には問題があります。

まとめ