HEOR: Health Economics and Outcomes Research

HEORの動向

 ISPORが発行するHEOR分野のトップジャーナルの一つであるValue in Healthで過去25年間に発表された論文の傾向から、HEOR研究の動向に関するレビューが2023年に公表されました1Drummond MF, Mullins CD. Twenty-Five Years of Health Economics and Outcomes Research: An Exploration of Value in Health. Value Health. 2023;26(5):617-619.。HTAを含む経済的評価研究が一貫して最も件数が多い一方で、方法論に関する研究や医療政策分析に関する研究の成長が顕著であることが示されました2Drummond MF, Mullins CD. Twenty-Five Years of Health Economics and Outcomes Research: An Exploration of Value in Health. Value Health. 2023;26(5):617-619.。また、最も多く引用された研究のうち上位に、ISPORのGood Practices Reportが複数登場していることが報告されました(表1)。

#分野トピック
1患者報告アウトカムPatient Reported Outcome(PRO)尺度の翻訳および文化的アダプテーション、PRO尺度の内的妥当性
2経済評価経済的評価の報告、意思決定分析モデリング、予算影響分析、臨床試験と並行した費用対効果評価
3選好に基づく評価コンジョイント分析(離散選択実験の開発と使用など)
4比較効果研究/医療技術評価間接的な治療比較とネットワークメタ分析
表1. 過去25年間にValue in Healthで多く引用されたISPOR Good Practices Reportの概要

 また、同じくISPORが隔年で発行しているTop 10 HEOR Trendsの2024-2025年版では、リアルワールドエビデンス(RWE)が1位に挙げられています3ISPOR Top 10 HEOR Trends 2024-2025, 2024年, https://www.ispor.org/heor-resources/about-heor/top-10-heor-trends, 2024年10月9日。RWE研究は、実際の患者と医療成果についてより現実的な見解を示すことができます。RWE研究はランダム化比較試験(RCT)よりもはるかに迅速に実施でき、幅広い多様な患者グループのデータで構成される点が強みです。特に、次世代医療基盤法の下では、費用についてのデータ(レセプトなど)と、アウトカムについてのデータ(電子カルテなど)を連結することができるため、費用対効果評価を始めとするHEOR研究における強力なツールとなります。
 2021年にFDAが一定の条件の下でRWEを有効性の根拠として認めるなか、RWE研究においても透明性が求められるようになってきています。ISPORはRWEに関するGood Practices Report4ISPOR Good Practices for Real-World Data Studies of Treatment and/or Comparative Effectiveness, 2017年, https://www.ispor.org/heor-resources/good-practices/article/good-practices-for-real-world-data-studies-of-treatment-and-or-comparative-effectiveness-recommendations-from-the-joint-ispor-ispe-special-task-force-on-real-world-evidence-in-health-care-decision-making, 2024年10月9日を公表しているだけでなく、治療効果に関するRWE研究の透明性のある報告を促進するために、リアルワールドエビデンスレジストリ5Real World Evidence Registry, https://osf.io/registries/rwe/discover, 2024年10月9日を立ち上げています。

価値最大化の手段としてのHEOR

ここまで述べてきたように、HEORは単に費用対効果を評価するためのものではなく、広く医療介入のアウトカムを評価するものです。例えば、疾患啓発が進んでいない領域では、未治療の患者における疾病負担(burden of disease)を金銭換算することで、早期治療の必要性を訴求することができます。複数の製品が上市されている疾患領域では、患者の選好を評価することで、特定の製品を選好する患者像を特定することも考えられます。このように、製品のライフサイクルに応じて適正使用を通じた製品の価値最大化をおこなうにあたってはHEOR研究が欠かせません。このようなエビデンス創出については、「メディカルプランの手法①」、「メディカルプランの手法②」、「エビデンス創出戦略」の項も参照してください。
 HEORは理論面とデータ面から進化を続けている領域です。スマートフォンやウェアラブルデバイスの普及により、PROを収集するためのコストが下がっただけでなくバイタルサインや睡眠リズム、運動などの生活習慣に関するデータが収集可能になりました。治療だけでなく、予防についての研究もこれから進んでいくことが予想されます。また、健康日本21でも議論され、日本循環器学会が最近公表した『多様性に配慮した循環器診療ガイドライン』6一般社団法人日本循環器学会、2024年改訂版 多様性に配慮した循環器診療ガイドライン、2024年、https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/03/JCS2024_Tsukada_Tetsuo.pdf 、2024年10月9日で検討に加えているように、疾患の背景には生物学的要因だけではなく、職業や経済状況といった健康の社会的決定要因(SDoH:Social determinants of health)が存在することが知られるようになってきています。SDoHを考慮した分析をおこなうためには、複数のデータソースから個人の情報を統合することが必要であり、次世代医療基盤法がその一助となることも期待されます。